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「花ざかりの森」(3)ざっくりメモ

この作品はムズすぎる! ということで寄り付かなくなっていたがそろそろタイムアウトだ。
分からないなりにメモを取りながら読んでみた。
まだまだ仮のメモではあるが、ここに出しておく。
解釈は…できるのかな?

でも、記しながら読むことで、話の本筋にはより接近したような気がする。
錯綜するリフレインがこの物語の動因であるように感じる。
それは「豊穣の海」4部作の輪廻と定め(運命)というテーマにも通じると。

ま、とりあえず以下を記しておきます。(とても三行要約なんてできないねぇ~)

===
■序の巻
ひとは祖先と邂逅することができる。今日、我々は祖先と離れてしまっているけれども。
けがれない白馬のような人を祖先は求めている。祖先はその人のなかに住むことができる。
祖先は受動的にそれを行う。消極がきわまった緊張の一瞬、久遠の時間にそれが実現する。

■その一
祖母=神経痛を病み、家に病気がはびこる。わたしもそれに触ってしまった。
母には追憶や反省がない。当世の女。矜持を虚栄と捉える。
母は父に勝った。
父=ひよわであるが仏像のよう。彼の姿におおどかな家紋を見た。

■その二
わたしは武家と公家の祖先をもっている。憧れ。川。
祖母と母で「川」は地下を流れ、父はせせらぎ。わたしで滔々とした大河になるべき。
煕明(ひろあき)夫人はわたしの遠い祖先。夫=病気で看護してる。
夫人は山の中腹に白衣の女人を見出す。手に白い百合か。マリアの十字架を見る宗教体験。
わたしが思うに、彼女の祖先が得がたい憧れの種をまいたのだ。
半年後に彼女は死んだ。

■その三(上)
わたしの遠い祖先にあたる、ある位高い殿上人に捧げられた物語。
物語にはわたしの血統との断ち切れぬ縁(えにし)ができている。
作者は殿上人の愛人。女の回想記。
女には幼なじみの僧がいた。殿上人がつれないので僧侶の方へシフト。二人で出奔する。
紀伊にたどり着くと、女はひとりで海を見に行く。
そこで宗教体験。おおわだつみ(海神)が心に住んだ。殺される一歩手前の恍惚。受動。
それを機に夫と妻でいさかい。妻は都に戻って尼僧になる。
回想:男に海(神)を見ていた。

海への恐れは憧れの変形ではないか。
憧れは恐れの形を取る。女は恐れの対象である海に全ての信頼を捧げていた。
わたしの家系は海との縁がある。

■その三(下)
祖母の叔母。小さい頃に海を見た。憧れ。
彼女の家は公家。兄は勤王派。
兄死ぬ。海への憧れが変質。熱帯の空想。
憧れに没入。夫との距離。
ある日、夫婦で写真を撮る。妻の要請で仏間へ移動。夫は敗れたもののようにその要望を聞く。
仏間:夫は昔そこを使っていたが離れ、衰えた。夫自身の滅亡のしるし。
写真を撮って6日後に伯爵(夫のこと?)は死んだ。

豪商と再婚。南方の島で生活。夫人のいのちは衰えた。
豪商と離婚。帰国して尼のように暮らす。
海=若さ。生命力。憧れ。
ある日、客人が来る。老夫人は庭を案内。海が見える。死に隣り合わせの静謐を客人は感じる。
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銘記せよ! 三島語録
(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
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