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「彩絵硝子」(12)空色の靴下留が連結するもの

 靴下留の空色は、p.106にある自転車の「空色の金属の輝き」に通じている。ワタクシにとっては「酸模」の青空(pp.12-13)にも通じているような気がする。自由な空想、解放感といったものがここでも象徴されていると思うのである。

 この空色の靴下留はいろいろなものを連結している。まず第一には、禎之助・秋子・B夫人が幼少の頃の"禎之助が拾った靴下留"(pp.116-117)、禎之助と秋子が結婚して洋装をしていたときのエピソード(この場面、なにかエロいですね=p.117)、そして現在の場面で、則子がそのような空色の靴下留をしているのではないかという空想。これら3つを連結している。

 第二に、禎之助~狷之助、秋子~則子をそれぞれ連結しているし、その拡張として(先述したとおり)2組のカップル(の関係性)を相似なものとして連結する。秋子は若い頃の自分と則子を同一視し、その空想を「予感」と名づけている。過去の自分を追憶しているのだが、それが「予感」であるとする表現は興味深い。

 これはp.120にある「生の予感」と同じであると解釈する。過去の「純粋な感情」を追憶することで現在の生が満たされ、未来に繋がる(=若やぐ)、という逆説的な心理的動きを示しているのだと解釈する。そういった意味で、靴下留は過去~現在~未来を繋いでいる。ここに第三の連結があると言っておこう。
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銘記せよ! 三島語録
(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
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