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「彩絵硝子」:まずは色彩と硝子の描写について(5)

 では、硝子が出てくる箇所を抜き出してみよう。

・禎之助が手にした香水瓶。冷たい女のよう。範囲と限界のなかに液体がある。それは沈黙し、石のような存在。(p.101)

・歌の会に集まった夫人たちの、傘の柄にある色とりどりのカット・ガラス(前出、pp.101-102)。

・禎之助、家の硝子戸を空けて香水の瓶を振る。「…びんのなかを覗いたとしても液体はだまりこくつたまま自分のことを考へてゐるであらう。」その液体は石女(うまずめ)=子供に恵まれなかった女、として描かれ、また限界を超えず自分の世界に閉じこもっている。禎之助はこの香水を自分の洋服にめちゃくちゃに振り掛けている。(p.105)

・硝子ではないが類似するものとして、p.106以下、則子の心の琥珀に憎悪が凍結したという箇所がある。これは彼女の「化石のやうな性質」であり、愛も憎悪もここから生まれてくる。

・テニスコートに集まる若者たちの「性」はビーズのよう。(前出、p.107)

・p.109、狷之助と則子が2人だけで部屋にいるシーン。何も言い出せぬまま、窓硝子にかすかに映る相手の顔に見入る。

・里見家の白い花瓶(pp.110-111)。この花瓶は硝子製ではないが、後に禎之助が割る香水瓶(p.126)と同じような動きをする点で「硝子の象徴」として同類である。この花瓶には幽かな温みがあり、則子の肉体のような重さがあった点に注目。※花瓶の繋がりで付言しておくと、詩人豊月の死に際して雑誌に掲載された秋子の写真は「上目づかひに机の上の花瓶を抱いて、猫のやうにそれに顔をすりよせて」いる。(p.112)

・これも先述したが、子供時代の禎之助が発見した「空色の靴下留」には、同じ色の硝子が嵌めこまれていた。(p.117)

・狷之助の手記。夏に行く軽井沢の思い出またはそれにまつわる空想。硝子戸を隔てたような景色を感じる狷之助。よく眺めようとすると硝子が額にぶつかる。また、景色と自分の間を常に隔てる存在として硝子戸が描かれている。(p.123)

・軽井沢にて禎之助、前年の香水瓶を発見する。稲妻が瓶のなかの透明な女を射抜く。しかし薄暗くなると香水の透明さは死んでしまった。瓶の冷ややかな感触に禎之助の憤怒が湧き上がり、その瓶を庭石にぶつけて壊してしまう。(p.126)

・硝子ではないが、上(禎之助の香水瓶破壊)と同様の象徴表現について指摘しておく。B夫人のアクセントに、「秋子は空色の靴下留を思ひ出した。するとそこにソオダ水のやうな明るい光がぶちまけられるやうな気がした。」(p.128)

・最終シーン、禎之助が外の様子を見るために階下へ降りると、その部屋は硝子戸が開けられており、鎧戸だけの状態。禎之助はそれによって妻の声を聞くことができた。(p.130)

===
 色の象徴に引き続き、硝子と稲妻(光)についても解釈が難しいですね…。
 しかしこれをどう解き明かすか? ワタクシ流の解釈を次回で示そうと思います。
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(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
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