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「彩絵硝子」:まずは色彩と硝子の描写について(3)

 色彩表現についてp.119以降のつづき。

■1)色とりどり(原色)
・禎之助の手記:秋の季節変化「紅葉黄葉も等しく朽色に変じ、転(うた)た冬冷の近きを感ぜしめる。」(p.120)
・狷之助の手記:朝日のなかの羽根ばたき。光線の加減でそれが虹色のように変じ、手を触れると「それは温かくつて脈を打つた。正に怪談だつた。」そしてこの羽ばたきは則子に似合うとして、以下のように生(=色彩)と死が対比される。
===
彼の女は怪談のやうな少女だ。彼の女をいろんな面からみるたびにあの羽根毛のやうに色が変つた。その色の一つが死に近いときであつても彼女にとつてはそれは生の色なのだ。何にまれ生の予感は死のそれよりも美しくかゞやかしい。彼女をみるときいつも僕は、彼女の気持の反映で、自分のなかにうごめいてゐる死の幻影を、生の幻影だと自分にみせかけることが出来た。(p.120)
===
・狷之助の手記:則子の部屋のカーテンが「子供つぽい苺や桜桃の模様であるやうな気がしてならない。」と空想している(p.122)。直接的に色が出てきてはいないが、色彩近接の表現として指摘しておく。
・軽井沢の則子。軽薄に変貌して「セロファンの花のやうに明るい顔になつた。それは狷之助をも喜ばせた。なぜならその色は自転車の金属と薔薇の花とにいちばんよく似合つたからだ。」(p.124)…この後半部分、意味ワカランけど(笑)。まあ、若さと美しさ(恋人らしさ)にふさわしい顔色になったってことでしょうね~。
・B夫人のアクセントにまた空色の靴下留を思い出す秋子。そこに「ソオダ水のやうな明るい光がぶちまけられるやうな気がした。」(p.128)
・p.129、狷之助と則子が登場するシーン。自転車で、2人とも花をいっぱい積んでいる。則子は「みなれぬ花のやうに恥かしさうにしてゐた」(p.129)
・「ねえ則子さんは空色の靴下留をしていらつしゃるの?」少女のように顔をあからめておづおづと小声で尋ねる秋子。
・禎之助、色紙の切り屑のようなものを見つけたので階下に下りる。そう思ったのは秋子、狷之助と則子の3人だった。

■2)白
・秋子の手記:南軽井沢の別荘(禎之助の弟、つまり狷之助の父のもの)にある白樺の林(p.122)
・マグネシウムのような稲妻(p.125)。しかし、機能的にここのシーンの光と硝子の透明さなどを「白」としてよいかは別途考えることにする。
・同じシーン、禎之助が香水の瓶を投げる。「蒼ざめた白濁水の結晶のやうな石のうへに破片と液体が散つた。」(p.126)
・禎之助と狷之助が対決するシーン。禎之助の頑固さがまた「強くよびだされ白熱して生れてゐた。」(p.127)
・白墨で描いたような高原の道を、D夫人の車に乗って夫人たちが帰っていった。(p.129)

■3)灰色と黒
・(p.124で秋子と狷之助が、禎之助の死を予感して「顔は真蒼になつて、」というシーン。顔は青いんですが、灰色のオーバーとの連関からするとこちらのグループに入れるべきでしょうね。ま、あくまでこの箇所はサブの扱いですけど…。)
・(p.126、禎之助の表情で「静かな運河のやうな青筋が、額の地図のうへに描かれてゐた……。」という箇所も、上と同じで考えたい。カテゴリ自体を「灰色と黒と、禎之助の青」にすべきだったかな?

 以上で本作品の色彩表現の抜き出しを終える。
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銘記せよ! 三島語録
(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
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