スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鈴鹿鈔 墓参帰り:解釈(2)

「座禅物語」とは対照的に、今回は母系というか、女性の存在が目立つ物語になっている。吉子、時子はもちろんのこと、宗治が2歳のときに死んだ実母も出てくるし、由明が死ぬ前までは女中が3人いたのだから、この作品は女子がテーマと言ってもいいくらいだ。

 ちなみに、時子のほうも「信濃の山奥から夫を失つて上京して来た。」(p.40)というから、この物語に出てくる宗治以外の3人の男(由明、墓の門番、時子の夫)は、みな死のイメージを付与されていることになる。

 吉子と時子の喧嘩、そして生前の由明と時子との激しい口論については本文にある通り。また、宗治と吉子・時子との距離についても描かれている(宗治は帰宅すると2人の部屋を素通り。宗治とともに外出すると、吉子は伯母さんと間違われる…など)。

「由明の死が一家の三隅に三人の『子供と女』を追ひやつて了つた。小部家は分裂したのも同様であつた。」(p.41)とあるし、「この三人は合致することのない、三つの異つた気持で自動車にのつた。」(p.43)とあることからも、残された3人の不仲が強調されている。

 ワタクシにとって疑問なのは、「じゃあ、宗治は父・由明のことを慕っていたのか」という点である。確かに、父がいなくなって「先づ襲つて来るのは激しい寂しさ」であり、宗治が学校に行ってしまえば家は「火の消えたような午後」となる(いずれもp.39)。アンバランスな家族の結節点に由明がいて、辛うじて均衡を保っていたことは間違いない。

 しかしそれでは、なぜ宗治は父の死を思い出して泣こうとしたけれど「何故か泪が出なかつた。」(p.43)のか? 逆に、吉子が自分を(実母のように)「愛して居て呉れない」ことには涙を流している。ヘンな小学校6年生である(爆)。

 こんな作品を読んだら、三島の教師がまずすべきは家庭訪問であって、学内雑誌に作品の掲載をOKすることではないような気もするのだが…(ま、もし本当にそうなっていたら稀代の作家・三島由紀夫は生まれなかったかもしれないけれど)。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ウザワ・K

Author:ウザワ・K (株式会社ヘンテコ・インターナショナル

三島由紀夫の本
Amazonで「三島由紀夫」を検索
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
銘記せよ! 三島語録
(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。