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座禅物語:解釈(2)

 作品では、僧侶と「水車小屋の主」の関係がつかみにくい。孫なのか、曾孫なのかがはっきりしない表現になっている。(それゆえ、先に水車小屋の親爺を「僧侶の孫もしくは養子の孫にあたる」と述べたのだ。)

 男の子[※養子]は今さら聖人の偉大さに感じ入つた。そしてその遺産に従つた。その男の子は非常な財産家になつたがその孫の子の代になつた頃にはもう一介の水車小屋の主にすぎなくなつた。――それが儂(わし)なのだ(p.35)

 この部分で「その孫の子の代」の「その」が「聖人の」なのか「その男の子の」なのかがはっきりしない。例えば英語での指示詞の用法なら(ここにある3つの「その」とも)前者で動かないが、日本語としては後者の解釈もありえる。

 前者ならば、僧侶(祖父)~養子(父)~水車小屋の親爺(語り手)となる。後者ならば、僧侶(曽祖父)~養子(祖父)~明示されていないがもう一人(父)~水車小屋の親爺(語り手)となってズレてくる。

「小さな村に君臨する僧侶」というイメージは、樺太庁長官などで権勢を誇った三島の祖父・平岡定太郎に重なる。だから前者であれば、僧侶(定太郎・祖父)~養子(梓・父)~水車小屋の親爺(三島・本人)でもいいかもしれない。しかしその際は養子役の梓が「石にかじりつきて働き働くべし」をモットーに非常な財産家になった…という設定になり、本人の実態からはやや遠い。(梓はむしろ低エネルギーの官僚ロボットみたいな感じだ。言い方が悪くて恐縮ですが…。)

 では平岡家を遡って、新田開発に取り掛かった太左衛門(三島からは4代前)を僧侶、跡を引き継いで発展させた太吉(同3代前)を養子、本来はアクの強いキャラである定太郎は意図的にオミットして(スキャンダルもあることだし)、水車小屋の親爺はやはり父・梓だろうか。
 
 興味深い推理にはなるが、もともとこの作品がそうした外的なリファレンスをもったものかどうかは(少なくとも現時点では)分からない。

 この作品の登場人物を三島家父系の面々になぞらえる試みはこのあたりで止め、作品自体の解釈に戻ろう。
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銘記せよ! 三島語録
(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
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