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「館」:解釈(4)

 さて、登場人物図に戻って2点だけ指摘しておきたいところがある。"盗みをする貴婦人"(pp.71-73)が女料理人の影絵のような存在である点。そして「奥方」が神に祈るシーンが「鈴鹿鈔 附 狸の信者」にそっくりである点だ。

 まず、盗みをする貴婦人。彼女は美しくて身なりもよく、気品ある人物として描かれる。しかし:

(…)気品のある面(おも)にも似ず、目が妙に暗く、いづこをみつめてをるのやらはつきりせぬやうな目つき、機械(からくり)のやうにおどおどしておちつきがなく、まなこだけでかほぢゆう[※顔中]のきひんをなくしてをるやうにかんぜらるゝ(…)(p.71)

 これは女料理人と対照的である。女料理人は祖母と母の「美貌の恩恵」は受けていない(p.76)、つまり美しくはない。落ちぶれていて身なりも悪いだろう。しかし彼女は「まりあな家」の気高い血筋を引いていて、今もその矜持を大切に生きている(その様は「手前」からは侮蔑されているのだが)。見てくれは貴人ではないが、反骨心があって目に力がこもっているタイプだろう。

 もともと高貴な出である2人がこのように対照的な生き方に分かれたと考えられるが、結局のところ両方とも殿さまに殺されてしまう(救いようがないですなぁ、このハナシ…)。

 次に、奥方について。奥方は「世にもまれな美くしいおかた」であり、勿体ないものを見て目がくらむような思いがするとまで書かれている(p.61)。大絶賛である。

 しかしその後、殿さまと奥方が神を巡り論争するくだり(pp.80-86)で、「手前」にとって奥方の存在は異化され、「おくがたの御言乃葉が一から十まで、偽善に自己満足におもはれる」と手のひら返しの評価になっていく。

 そのきっかけは、奥方がひとり祈祷するところを「手前」が覗きこむシーンである。

===
 [※奥方は]祈祷の文句をしきりにつぶやいていらつしやいました(…)さうかうしてゐるうちに、なにゆゑか、ふいに肌に粟立ち、せすじのさむくなるやうなきぶんがぞつとてまへのこゝろをよこぎり……はい、おのれのひかへべやに、いそぎかへつたのでございました。(pp.84-85)
===

 これは2作前の作品「狸の信者」で、老婆の信者がする祈祷に恐れを抱いて「『行きませう』わたしは激しく父母を促した。」(p.46)箇所とそっくりだ。現実の旅行先でのエピソードが、ここにパッチワークのように当てはめられている点に注目しておきたい。
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「館」:解釈(3)

 さて、この「背徳のトライアッド」は物語全体で何をなすか。

 問われれば、「父・殿さまが母・女料理人を殺すことにより"聖なる婚姻"がなされる」と答えよう。クライマックスで女料理人が殺されるのは王妃の椅子の上なのだ(逆に、この段階で実の王妃は舞台から退いてしまっている)。

===
 殿さまがおひつかれて、女を刺された場所は、その椅子[※王妃の椅子]の上でござりました。
(…)まだ息をひきとらず手と足をだらりとたれ、赤くなめらかに血を流してをりました。そのうへには、「王者の妻」の冠のしるしが金色にかゞやいてゐたではござりませぬか。(p.98)
===

 そして女の「矜持の歴史のをはりがいかに華やかにかざられたか」(同頁)と述べられている。

 つまり、女料理人は殺されることで擬似的にせよ王妃になったのである。ここですでに三島文学のパターン「何か美しいもの(それ自体は静態的な美)が壊されたり傷つけられたりするときに、その美が最も輝く」というのが出てきている。
 これは「金閣寺」や「奔馬」とも、また「仮面の告白」での聖セバスチャンの殉教などとも同じパターンである。

 料理番に身をやつした「まりあな家」の娘。彼女は矜持を胸に生きのびて、最後は王妃の椅子の上で犠牲の子羊となってその血を燦然と輝かし、「華やかに」死んだのである。

 そしてこの象徴的婚姻から生まれたのが"子"、すなわち「手前」(語り手の老人)であるとワタクシは解釈する。

 だが、ここからはこの物語の(未完)という領域に関わる推測になってゆく。たいへん興味深いところではあるが、この部分は解釈の最後に改めて立ち戻ってくることにしよう。

「館」:解説(2)

 登場人物を配置すると下図のようになる。

yakata_zukai

※クリックで少し拡大しますゼ、お兄さん。


 結論を先取してしまうようだが、ワタクシの見立てでは殿さまを"父"、女料理人を"母"、語り手の老人を"子"とみなす。物語を動かしているのはこの3人であり、同時に、お互いがゆるやかな共犯関係にある。この3人を「背徳のトライアッド(3人組)」と呼ぶことにしよう。

 この「背徳のトライアッド」の間に身体的な接触(の暗示)が濃厚なのは指摘しておいて良いだろう。殿さまに腕を「ねろねろと」巻きつける女料理人(p.68)。彼女は「手前」の額にキスをしたりもしている(p.66)。他方、殿さまと「手前」の間はもっと濃厚である。舌をだらりと垂らした殿さまが「手前」にアタックしてくるシーン(p.64)。また、具体的な描写はないが「絶対、あんたオカマ掘られたんやろ!」と突っ込みたくなるような、p.78の"処刑エクスタシー場面"もある。正直、キモチワルイ。

 この3人はいずれも境界線上にいる存在であり、トリックスターとしての性質を備えている。まず、殿さまは「ぷろすぺる公」時代の刑罰を知ることで快楽殺人の道に走り、善悪の一線を越えていってしまう。方や「手前」は殿さまワールドに抗えぬ魅力を感じつつも、批判的な立場との間でたゆたっている。興味深いのは、宗教や運命をめぐって殿さまと奥方との間で論争があったときに「手前」はどっちつかずの態度しか示せず、また殿さまと女料理人の間の血筋や倫理感をめぐる対立でも彼は戸惑うばかりで行動に移せない点である。"ダブル・ダブルエージェント"とも呼びたくなる存在なのだ。

 そうはいっても、最大のトリックスターはもちろん「女料理番」である。「ぷろすぺる公」時代の残虐な刑罰については彼女が殿さまに教えたのであり(彼女は本を渡しただけだから、殿さまがこれを知ったのは偶然による結果論に過ぎないのではあるが)、その結果、殿さまは残虐な快楽殺人の道に入る。最終的には女料理人本人に刃が向けられて、彼女は刺殺されてしまうのだ。女料理人は禁断の果実について教えるグノーシスの蛇であると同時に、犠牲の子羊でもあると言えよう。

「館」:解釈(1)

 実はこの作品、外的なリファレンス(作品と現実世界との連関)の分析が非常に興味深く、かつ重要とは思われるのだが、まずはじっくりと作品内部の解釈から進めてみよう。このブログのアングルである「父・母・子」(ことに父子関係に着目)という観点を中心に解釈する。

 最初に指摘できるのは、物語の主人公(ないし語り手)を取り巻く家族のセッティングが、これまでより複雑になり、プレーヤーも増加している点である。以前の記事でも述べたように、量的のみならず質的にも深化が見られる。

 つまり、これまでの作品:

・「酸模」では父・母・子の核家族的構図
・「座禅物語」では父系の伝統
・「鈴鹿鈔 墓参帰り」では継母と伯母と亡き実母。ついでに「狸の信者」でも祖母と女信者が中心軸

 となっていたのが、「館」では女系と男系がバランスよく配置されており、また核家族にとどまらない広がりも与えられている。

 語り手の「てまへ」(今では老人となり物語っている立場)を中心点に見立てると、女系(母系)として「まりあな家」の祖母~母~「女料理番」という系譜があり、一方で男系(父系)として「殿さま」の叔父~「殿さま」、そしておそらく「殿さま」とは父子関係ではないが先代の「ぷろすぺる公」も広い意味で男性軸にまとめられる。

 これらの人物に比べると、「殿さまの奥方」や、火山の裾野の領主(女料理番の祖母が嫁いだ先=p.74)、市で盗みをする貴婦人(pp.71-73)らは第2線にいる存在だと言えよう。

津山事件(都井睦雄事件)と三島由紀夫

前から気になっていた、いわゆる「津山事件」(1938年=昭和13年、5月21日)についてウェブでいろいろ調べたんですが、犯人・都井睦雄のライフヒストリーは三島のそれと非常によく似ているんですね。
驚きました。シンクロニシティーと言ってもいいくらい。

■参考:津山事件
津山事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6
津山三十人殺し事件
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/tuyama.htm

===
これらを見ると:
1)都井は幼少のころ父母に死に別れ、祖母に育てられた。三島には父母はいたが、祖母に"幽閉"されて育てられた。

 ※なお、この点について、土岐正造氏:
 佐世保散弾銃乱射事件と津山事件の類似性 | 平成鸚鵡籠中記
 http://bunzaemon.jugem.jp/?eid=5220&target=comment
 が指摘しています。慧眼ですね。

2)兵役検査で都井は丙種合格(実質上の不合格)。三島は第二乙種合格だが、地元の屈強な青年たちの前で惨めな思いをさせられる。またその翌年、昭和20年の入隊検査でハネられ即日帰郷。両者ともこの経験があとを引くことになる。

3)兵役検査の際、両者とも肺を病んでいた。

4)両者とも小説を書いた(ま、最終的なレベルは違うけど…)。

5)都井も地域では優秀な生徒。三島は言うまでもなく秀才(これも最終的なレベルは違うけれど、コミュニティの中での位置付けを考えると非常に相似している)。

6)(遺書ないし演説等での)メッセージ性の強い自殺で終わる点。

7)しかし都井はターゲットであるはずのゆり子とマツ子を取り逃がし、三島も目的の自衛隊決起は為しえないまま終わった。

===
…ま、いろいろ細かい点ではデコボコしているけれど、なんだか似たようなコースだなぁと。

ちなみに、津山事件があったときには三島はもう13歳で、2ヶ月ほど前に「酸模」「座禅物語」を発表している段階です。幼い三島にもこの大事件のあらましは耳に入り、小説のプランに入ったり、なんらかの影響を与えた可能性があります。

この事件の影響があったとすれば、ですが、その最初の作品は「館」(昭和14年11月)になるかと思います。「殿さま」による大量殺人(死刑という形ですが)が出てきます。

「館」:三行要約とメモ

■ムリヤリ三行要約:
昔、ある公国に「殿さま」がいて、語り手である老人は12~3歳のころからその従者として仕えていた。
「殿さま」の館には彼と相争う血筋の「女料理人」が住んでおり、彼女は「殿さま」の先代「ぷろすぺる公」時代の刑罰(盗人は死刑に処す)について「殿さま」に教える。
「殿さま」が残虐な処刑にのめりこんだため、「女料理人」は民衆や隣国とともに一揆を計るが、事前に計画が漏れてしまい、王妃の椅子の上で「殿さま」に刺し殺される。


■メモ
・末尾に「未完」とある。確かに生煮え感は否めない。

・特に生煮えであるとワタクシが感じるのは、pp.74-77の箇所、女料理人が経歴を語るなかでの「殿さま」と先代「ぷろすぺる公」との親族(肉親)関係が曖昧な点である。
 つまり、女料理人の母(まりあな家)は「ぷろすぺる公」と結婚して娘(女料理人)を生んだが、同時に「ぷろすぺる公」が「殿さま」の「先代」であるなら、この2人は父と子と考えるのが普通であろう。
 そうすると、「殿さま」と「女料理人」は(話の流れからすると)腹違いのきょうだいになるはずである。「ぷろすぺる公」の血はどちらにも半分ずつは入っていることになる。それなのに、両者が血統的に「あぶらとみづ」の関係というのは理解に苦しむ。
 この点、ひょっとすると先代「ぷろすぺる公」は「殿さま」の家系によって攻撃され退位させられた王家なのだろうか? このあたりも明記されておらず、関係が(少なくとも現時点でのワタクシの理解には)不明なのであります。

===
※20100224追記:
 その後、何度か読んでみて後者の解釈、すなわち「ぷろすぺる公」と「殿さま」は父子の関係ではなく、「殿さま」が何らかの形で侵略ないし「先代」を退位させたと見るに至りました。

 やはり直接的な言及は発見できなかったのですが、pp.75-76の「再度の侵略が(…)それが現在の『殿さま』だつたのだ。」という箇所を重視。また、そもそも血縁的に関係があるならば、父(とか養父かもしれないが)の時代の法令(盗みをしたら死刑)について知らなかったというのも不自然だからです。

「館」語句解説:p.98=最後まで

・稚ない聲(p.96):「いわけない」は子供っぽくあどけないさま。

・ものごのみ(p.97):選り好み

・めて(p.97):右手。弓手(ゆんで)の逆

===
さて、ようやくムリヤリ三行要約に…かからねばなるまい(汗)。

「館」語句解説:p.92まで

・きはぎはしく(p.89):際際しく=際立っている様子

・ゆふさり(p.89):夕方

・空虚(うつろ)になつた人間といふものはなにごとも為し兼ない(p.90):現代風に言えば「何事をもしかねない」であろう。料理人の女による一揆の計画が暗示されているとみる。

・あくまよ、きじんよ(p.92):漢字に直すと「悪魔よ、鬼人よ」であろう。

「館」語句解説:p.87まで

・扨、とのさまが(p.68):さて、とのさまが

・乞丐(きつかい:p.69)=かたい、こつかい:物乞いのこと
(言葉狩り派からすると攻撃対象でしょうか…)

・ひむがし(p.70):ひがし

・刑部(ぎやうぶ)のしやう(p.72):刑部の省、でしょうか

・ゑざう(p.75):絵像か。

・しはぶき(p.77):咳

・譙楼(p.80):城壁の物見の塔ないし鐘楼のこと、らしい

・おんぞ(p.80):御衣。衣服のこと

・めのわらは(p.85):p.66と同じで「女の童」

・もののあやめもつきかねて(p.85):「あやめ」が文目と書くらしい。ここでは物事の区別の意。
いやぁ、勉強になるねぇ。

・供御(p.87):くご。貴人の食べる食事

「館」語句解説:p.67まで

・御しゆ(p.64):御+酒(しゅ)だろうか? 
御+思惟かとも思ったが、ふつう思考で顔は赤くならないので、やっぱり酒と火で「おん眼まで紅(あか)うみゆる」顔になったというのだろう。

・おとがひ:下顎のこと

・むくつけいをんな:むくつけきおんな=無作法な女
プロフィール

ウザワ・K

Author:ウザワ・K (株式会社ヘンテコ・インターナショナル

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銘記せよ! 三島語録
(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
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