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酸模―秋彦の幼き思ひ出―:三行要約とメモ

 いろいろ考えましたが、まずは三行で作品を要約。ネタバレ防止のため白字にしますので、読むにはズルズルとマウスで引張って反転してください。
 それと、基本情報としてワタクシ的にメモしておきたいものがあれば同じ記事にぶら下げます。
 その後、本題の「父・母・子」の視点からの解釈に入ります。

~~~~
■ムリヤリ三行要約:
6才の秋彦は母の禁止を破って刑務所のある丘に行き、そこで脱走囚(子殺しで服役していた)に出会う。
秋彦の純真さに打たれた脱走囚は、刑務所に戻ることを決意する。
1年後、刑期を終えた男は秋彦らと再会するが、母親たちに蔑まれ、酸模の花を子供たちに渡して去っていく。


■メモ:
すかんぽ(すかんぽう)はイタドリの別名。
Wikiでは以下:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%89%E3%83%AA

季語は春。作品は夏の情景がメインだが、これとは異なっている。
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酸模―秋彦の幼き思ひ出―:解釈(1)

 学習院中等科に入った翌年、満年齢で言えば12歳13歳で発表した初めての小説。短編だが、中学生がこれを書いたのかと思うとちょっとゾッとしてしまうところもある。高度な観察力と象徴性のなかに、時折、病的な暗さが差し込むような作品である。

 本題の「父・母・子」という観点からこの作品を見てみよう。


1)父の不在

 主人公は6歳の秋彦。彼の母は最初の段から登場する。

「灰色の家[※刑務所のこと]に近寄っては不可(いけ)ません!」(p.9)

 この母親は、他の子供たちの母親ら3,4人とともに最終盤にも登場する。ここでも母親たちは"禁止する存在"である。

「何ですか、囚人なんかにさはつて、まあ汚いこと」[中略]
「―お捨てなさい!―」母の声は強かつた。酸模の花は斜陽に燃える上に落ちた。(pp.25-26)

 この母親は若く、美しく笑う存在(p.10)であるが、上の禁止からも分かるとおり、世間的な常識や月並みな美の世界の側に立つ存在であるとも言える。

 その一方で、秋彦の家からは父の存在が消去されている。

 この家で母親の他に登場するのは「女中」と「爺や」であって、父の存在は全く言及されていない。死んだとも、離婚したとも、家を顧みずに仕事に邁進するだけの存在だとも、とにかく一言も書かれないのである。


2)"父"としての脱走囚

 代わりに、父イメージを付与されているのが「男」すなわち脱走囚である。そして彼のもつ父イメージは、ずっと後の登場になるが「刑務所長」「警部」に引き継がれていく。とりわけ「警部」のほうはむかし前科者で(…マジかよ!)脱走囚の理解者・代弁者であると言っていい。   

 実際、この脱走囚には子供がいた。

「俺にも子供があつたよ。丁度坊やみたいに可愛い子だつた。だが、今は……」(p.17)

 ナント、脱走囚(父)がこの子供を殺したのだという。明確には書かれていないけれど、この罪で服役していたわけだ。嗚呼、末法の世ですな。

 この子供が秋彦に似ているという点からも、脱走囚と"秋彦の父"がイメージの上で重ねあわされる。そしてまた、殺された子供の母(つまり囚人の妻)の存在が一言も触れられないことが、この連関を強化していると言ってよい。

 二人は刑務所のある丘で、夕闇のなか出会う。秋彦は母の禁止を逃れ、「そうつと勝手口から」外に出てこの丘にやってきた。青空の下で喜び笑い、世界のダイナミズムを感じている。囚人もまた灰色の刑務所から脱走し、身体的に自由になっている。しかしその丘は同時に魔の場所であり、帰り道が分からなくなる森の中であり、凶器を取りに帰ろうと思わせる場でもある。

 酸模の丘は、その平和そうな植物描写とは裏腹に、父と子の二人が出会い、光と闇、理性と感情が激突するバトルフィールドであると言えるのではなかろうか。  

(まったりと、つづく)

酸模―秋彦の幼き思ひ出―:解釈(2)

3)"子殺し"と父子の和解

 囚人は子供を殺したことを暗示する。そして、その子は鴎になって海の上を飛んでいるのだという。

 その鴎はな、水の中に首を突つ込んで云ふんだ。「夕靄の鉛色をした海の上で私は殺された。殺した奴は、暗い暗い海の底に沈んで行つた。だが、其奴の浮き上るまで、私はこの白い翼で、雲の低い空に浮んで居なけりやならない」(p.17)

 なぜ殺された息子は、父が浮かんでくるのを待たねばならないのか? その直後に囚人が「自分の浮かぶ道を見つけた」と秋彦に言って刑務所に戻ることから分かる通り、「海に浮き上がる」ことは自分の罪を償うことと同義である。

 そうすると、殺された子供=鴎は、父が罪を償い、自分のところに(魂のレベルで)和解するため戻ってくるのを待っている、という風に解釈することができる。

 この、魔道に堕ちた脱走囚を救ったのは、秋彦の純真な眼差しであり、問いかけである。それは「暗い暗い海の底」にいる脱走囚に差した光であった。

 この「暗闇に差す一条の光」という象徴表現は、この前後にしつこく繰り返され強調されている。

 まず、脱走囚の鼠色に濁る目のなかに「一点の光があつた。これが曲者だつた」(p.15)という箇所。この部分からみると、「一切衆生悉有仏性」ではないが、魔道に堕ちた男にさえ、そもそも救済は内在していたというように解釈することもできよう。

 次いで、暗黒の森のなか、木々の隙間から差す月の光がある。五線紙のような光が脱走囚と秋彦にスポットライトを当て、父と子が向き合う和解の舞台を演出している。

(ねむたくて、つづかない。じゃなかった、つづく。)

酸模―秋彦の幼き思ひ出―:解釈(3)

4)和解の輪に入らなかった母

 こうして脱走囚は、光であり「神」である秋彦との出会いによって救われた。囚人は刑務所に戻る。

(全然本筋とは関係ないけど、ここのシーンで「私は[※感情に流されやすいため]弱い弱い、女のやうな心の持主でした」とあるのは、とてもじゃないが今日ではNGだよね…。ついでにp.22の「あの丘に行きたくつて■■のやうになつてゐるんですもの」もそうですな=笑)

 理性と感情、闇と光の対立が止揚され、囚人の人相はすっかり変わった。丘の動植物が再び輝きだし、季節がめぐっていく。

 そして1年後、囚人が刑期を終えて刑務所の門を出ると、そこには秋彦ら子供たちが待っている。

 顔が見える。男が出て来る。
 面を輝かせて――そこにも光がある。
 おゝ子供達が飛びついて行く。彼等は、緑に坐る。
 さんらん!
 酸模、
 酸模!

 …といった具合に、ハッピーエンドになりかける。(p.24)

 しか~し、そこに母親たちが登場する。彼女らの姿は「黒い塊」で、近づく足音は冷ややかと表現されており、父と子の再会と和解に水を差す存在というイメージが増幅されている。

 子供たちは男から引き離される。そして男は「なんて汚らはしい」と(一応、刑期は終えているんですが…)非難される。

 ここで興味深いのは、子供たちに酸模の花を与えて男が去っていくとき、母親たちの目には「泪のやうなものが、眼底から湧き上がつて来た」とある点だ。母親もなにか感じるところがあったのだ。実は一緒に和解の輪に入りたかったのかもしれない。

 だが結局、酸模は捨てさせられ、夕陽に焼きつくされてしまう。父と子の和解は達成されたけれども永続はせず、父は舞台から去っていく。

(つづく)

酸模―秋彦の幼き思ひ出―:解釈(4=了)

5)人知れず死んでいる"父"

 ここのところの父(脱走囚)の退場シーンは悲しいですね。いまや同じ父の立場であるワタクシしては、なおさらであります。

 しかも、紅い夕陽と酸模の赤い花、そして地面に落ちた花が「赤く赤く燃えた」(p.26)という描写の重なりにより、なんだか"父の血"を連想してしまう。落日イメージもまた、周縁へ、終焉へと向かう男の姿を増幅している。

 実際、アッサリと男は死んでしまいます(涙)。

 最終シーンではすでに数十年が経過していて、脱走囚は人知れず墓に入っている。「秋彦はもう忘れてゐるに違ひない。」と妙に客観的な書き方が気になる。「秋彦はその男のことをすでに忘れてゐた。」ではない。

 秋彦の自我は著者(書き手、ひいてはそれに従う読者)からも自立していったかのように思える。(ちょっと深読みかも知れないけれど、こういうディテールを見つけると文学的表現の奥深さを改めて思い知るのだ。)

 存在が忘れられ、小さい墓に静かに収まった"父"とは対称的に、秋彦は力に溢れた世界、生命の世界に開かれている。

 生きる力の漲る青田の彼方に、逞しい火山がもくもくと黒煙をふいてゐた。(p.27)

 いまや秋彦が逞しい男になった。果敢な現実に立ち向かう男に。悲しさと罪を内包しつつ生きなければならない現実世界へ、秋彦は進んでいく。

 そうした情景が、作品の冒頭にある白秋の詩(仄かなもの)に繋がっているのではないか。
 
(この項、了)

酸模―秋彦の幼き思ひ出―:図解

最後に、父・母・子を軸にした図解を示しておきます。

酸模図解
※クリックで拡大します。

座禅物語:三行要約とメモ

前回同様、ネタバレ防止のため要約は白字で表示しております。

■ムリヤリ三行要約:
その昔、30人ほどの村に一人の僧侶が君臨し、悟りを開くため聖者を探していた。
僧侶はある聖者のお告げに従うが、村人たちはみな死んでしまう。
ついに悟りを得た僧侶のもとに子供が現れ、その子は僧侶の遺言を守って財産家になったが、孫(物語の語り手)は落ちぶれて水車小屋の主となった。


■メモ:
酸模と同じ号の「輔仁会雑誌」(昭和13年3月25日号)に収録。

座禅物語:解釈(1)

 最初に全体について言えば、摩訶不思議な物語である。正直なところ、何度読んでも「なぜ村人がみんな死んだのか」が分からない!

 とりわけ「己れの採取した茸を一つづつのこして後は食べても良いと言つた」(p.34)という箇所あたりから意味不明になってくる。茸を「一つづつ」残すって何でしょう?

 僧侶のために「一つだけ」残しておきなさい、という意味だったと仮定すると、茸は実際に残されていたのか。または悟りを独占しようとした村人たちが争って食べてしまったのか? そのあたりの話が全く書かれていないのだ。 

 そして(結果的に)村人たちを死に至らしめた僧が、唐突にも悟りを開く。畳み掛けるかのように、急に男の子が「どこからともなく入つて来た」(p.35)という、「ナンジャソリャ」と言いたくなる小品なのであります。

 そんな難しさがある作品だが、ワタクシなりに「父・母・子」という観点から解釈にトライしてみよう。

 まず指摘できるのが、今回は「母」や女性が出てこない点である。僧侶(主人公)~養子になった格好の男の子~水車小屋の親爺(僧侶の孫もしくは養子の孫にあたる)というように、男系の物語である。他の登場人物も男ばかりで、「一人の男」「白雲仙者」「一人の真黒な顔をした男」「一人の老人(実は仏陀)」といったところだ。

 邪推かもしれないが、この物語は三島家(平岡家)男系の系譜を反映している気がする。水車小屋の親爺は「農商務省(のち農林省)」に勤めた父・平岡梓だとすると、同じ農業イメージで繋がってくる。

 すると祖父・平岡定太郎が僧侶の"養子"になった男の子にあたるのだろうか。

猪瀬直樹『ペルソナ 三島由紀夫伝』を読んでます。

 猪瀬氏の『ペルソナ』が届いたので、通勤中にじっくり読んでいる。
 これはすごい本だ。どんだけ調べたんですかね。スタッフライターが複数いるらしいとか聞いたこともあるけど。そうだとしても大変な労作。真剣に一読をオススメしておきます。

「酸模」や「座禅物語」にも関係するお話がたくさん出てきて、むかし『倅・三島由紀夫』(正と続)、『仮面の告白』ほかを読んでいたころの記憶が徐々に蘇ってきた。

 近代日本の官僚制をテーマに三島の父系に迫っている点で鋭いと思うし、なにより取材と資料発掘のレベルが並みじゃない。

 ワタクシも三島の作品を超えて、彼の人生や家族関係や歴史的事象を総合的に把握したいとは思っている。ただし、その高みにはいきなりは到達しないし、待っているといつまでも進まないし、残念ながら未来に賭けるほどもう若くもない(汗)。

 ブログは思考のプロセスを(恥かしい勘違いなども含め)重ねていけるメディアだと思う。いきなり背伸びしないで、まずはボチボチと作品の内的解釈を中心に攻めていこうというのが今の目標。

 家庭内でここ数日イササカ先生と化してますが、頑張っていこうと思うのだ~。

 ところで、この本について一箇所だけ言及しておく:

 その『仮面の告白』に平岡定太郎[※三島由紀夫の祖父]についての記述がある。ただし、たった一ヵ所。祖母夏子(なつの表記もある)は頻繁に登場するのに、彼の膨大な全作品、全評論を通じても祖父についてはこの一ヵ所のみ。僕[※猪瀬]は訝しく思っている。あまり触れたくない血脈なのだろうか。(p.31)

 …さすが猪瀬先生。いいところに目がいきますね。しかし、もう一点重要なところはニアミスだったようで・・・(ニヤリ)。

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

座禅物語:解釈(2)

 作品では、僧侶と「水車小屋の主」の関係がつかみにくい。孫なのか、曾孫なのかがはっきりしない表現になっている。(それゆえ、先に水車小屋の親爺を「僧侶の孫もしくは養子の孫にあたる」と述べたのだ。)

 男の子[※養子]は今さら聖人の偉大さに感じ入つた。そしてその遺産に従つた。その男の子は非常な財産家になつたがその孫の子の代になつた頃にはもう一介の水車小屋の主にすぎなくなつた。――それが儂(わし)なのだ(p.35)

 この部分で「その孫の子の代」の「その」が「聖人の」なのか「その男の子の」なのかがはっきりしない。例えば英語での指示詞の用法なら(ここにある3つの「その」とも)前者で動かないが、日本語としては後者の解釈もありえる。

 前者ならば、僧侶(祖父)~養子(父)~水車小屋の親爺(語り手)となる。後者ならば、僧侶(曽祖父)~養子(祖父)~明示されていないがもう一人(父)~水車小屋の親爺(語り手)となってズレてくる。

「小さな村に君臨する僧侶」というイメージは、樺太庁長官などで権勢を誇った三島の祖父・平岡定太郎に重なる。だから前者であれば、僧侶(定太郎・祖父)~養子(梓・父)~水車小屋の親爺(三島・本人)でもいいかもしれない。しかしその際は養子役の梓が「石にかじりつきて働き働くべし」をモットーに非常な財産家になった…という設定になり、本人の実態からはやや遠い。(梓はむしろ低エネルギーの官僚ロボットみたいな感じだ。言い方が悪くて恐縮ですが…。)

 では平岡家を遡って、新田開発に取り掛かった太左衛門(三島からは4代前)を僧侶、跡を引き継いで発展させた太吉(同3代前)を養子、本来はアクの強いキャラである定太郎は意図的にオミットして(スキャンダルもあることだし)、水車小屋の親爺はやはり父・梓だろうか。
 
 興味深い推理にはなるが、もともとこの作品がそうした外的なリファレンスをもったものかどうかは(少なくとも現時点では)分からない。

 この作品の登場人物を三島家父系の面々になぞらえる試みはこのあたりで止め、作品自体の解釈に戻ろう。
プロフィール

ウザワ・K

Author:ウザワ・K (株式会社ヘンテコ・インターナショナル

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銘記せよ! 三島語録
(…)われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみてゐなければならなかつた。(…)
「檄」楯の会隊長 三島由紀夫
保阪正康『三島由紀夫と楯の会事件』(角川書店[文庫版]、2009年)p.19より引用
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